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茶道入門
私が茶道に入門したのは小学4年生になったときでした。
特に深い意味があってのことではありません。
何か始めたいと思ったけど皆が習っている習字・算盤・ピアノ(女子)は嫌だったし、母方の祖母が茶道の先生をしていたので遊びに行きがてら、お茶とお菓子がいただけるし、という考えからです。思えばろくでもない動機づけ。
当時の教室
当時は庶民の人生コースは皆似たようなもので、女性であれば地元短大を卒業後、地元企業で2~3年事務職として働き、その間にお茶やお花なども修行してお嫁に行く、というのでほぼ決まりでした。
祖母の教室にも20歳前後の若い女性が大勢お稽古に来られていて、私はそんなお姉さんたちをなんとなく憧れるような気持ちで眺めていたものです。
お茶会の着物
お茶会となるとお姉さんたちは皆、多少の色合いや濃淡、柄の違いはあれど基本的にピンク系の色無地か染小紋を召していらして、皆が集まったところは花が咲いたように美しかったです。
そんな中で私はといえば、七五三の着物が着られなくなってからは母がどこかから見つけてきた古い地味な着物かお正月に着るウールのアンサンブル、さもなければ制服と言われて(とりあえず制服を着せておけばフォーマル感は出せるということでしょうが、私にとって制服は日常着で特別感はゼロ、気分が上がらないので茶会では着たくなかったです)
自分はみそっかすだと思って寂しかったものです。
当時を思えば
我が家は成長期の娘に合わせて着物を誂えるようなことはしない家だし、どうせ一時期のことなら適当なもので済ませればよろしいということだったのでしょう。
それでも私は、お姉さんたちの中に紛れ込みたかったのです。
現在ならレンタルという手もありますね。多分当時は無かったと思います。
そして現在は
あの頃の残念さは今でも覚えているのですが、では長じてピンクの着物を着るようになったかというとそんなことは無く、むしろ山のような着物の中になぜかピンクはありません。
やっぱりあの時にあの色が着たかったので、後から取り戻すことは出来ないのです。

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