3.長く住める家とは

家を考える、よもやま話

せっかく建てた自分の家、いつまでもきれいなままでずっと一緒に、できれば添い遂げたいと思うもの(大げさな?でも本気だけど)

家は消耗品ではなく一生のお付き合い相手であってほしいです。

家にもライフステージがある

家を建てようと思うタイミングは、人生の節目であることが多いです。

結婚、子どもの誕生、就学など。

大体は家族が増えるとき。

しかし、人生は節目だけではないし、そこで終わるものでもありません。

子どもはいずれ成長し、家を出て独立していきます。

親と同居することになるかもしれないし、夫婦2人だけの生活にあるかもしれません。

種々の事情で独居老人になるかもしれないし、子どもが帰ってくるかもしれません。

家族以外の同居人が加わるかもしれません。

もしかしたら次の世代まで引き継いでいけるかもしれません。

家は完成した瞬間がゴールではありません。

完成したときに始まって、家族の暮らしと一緒に、その先もずっとおつきあいしていくものです。 今だけでなく10年後・20年後も考えてみましょう。

育つ間取り

前章で熟考を重ねて自分のために理想的なプランを作りました。

それは大変素晴らしいことですが、ここで作ったプランは設計段階もしくは住宅が完成したときの自分のためのプランです。

ライフステージの変化に沿って、理想的なプランも変わっていきます。

ほぼ確実に起こるとわかっている変化には対処できるよう、あらかじめプランに組み込んでおいてもいいかもしれません。

たとえば、子どもの小さいうちは親と一緒の寝室でもある程度大きくなったら個室となり、いずれ独立して部屋も必要なくなるなら、後から間仕切りを足したり外したりできるようにするとか。

ただ、こういう変化については家具の移動や追加で対処できてしまうこともあるし、追加工事の必要自体が発生しなくなることもあり得ますので絶対ではありません。

確実に起こるのは年数が経って建物が劣化していくことです。

これについては、建物として完成した後でも、丁寧な扱い、こまめな手入れ、必要に応じたリフォームで大切に保ち続けることができます。

建築の段階で修繕計画を立てておいて時期が来たら予定通りに進めていくということも。

これは住まい方だけでなく時間との戦いでもありますが、せっかくなら時間を味方につけて時を経て美しくなっていく家を目指しましょう。

長く大切に住まれてきた家というのは、不思議と雰囲気で伝わってくるものです。

家は完成した日に終わるものではありません。

住みながら手を入れ、暮らしに合わせて少しずつ育てていくものです。

竣工したときがいちばん美しい家ではなく、二十年後に「この家で良かった」と思える家。 私は、そんな家がいいと思っています。

夏を旨とすべし

最後に

住まい方の根本にあるのが「日本の家」ということです。

「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。」

住まいづくりの基本としていつも言われる言葉です。

これは別に夏のことだけ考えろというわけではないと思います。

(「暑き比わろき住居は、堪へ難き事なり」と続いていて、これも非常に納得のお言葉なのですが。)

間取りだけではなく、風・日射・庇・窓配置まで含めて「日本の家」を考えることです。

それは歴史的に自然とともに生活してきた日本の言葉だと思います。

茶の世界の言葉で「夏は涼しく冬暖かく」というのがありますが、本質的にはそういうことではなかろうかと。

季節に合わせた工夫で建具を入れ替えたり簾を追加したりし、自然の変化を取り入れて上手く住みなしていくのが日本の住まい方ですよ、という意味だと思っています。

また、徒然草同段の少し後に「造作は、用なき所を作りたる、見るも面白く、万の用にも立ちてよしとぞ、人の定め合ひ侍りし。」ともあります。

日本は古来、余白の美、埋め尽くさないこと、何もない空間を愛でてきたのです。

どのようにでも使える空間を様々な使い方をすることでいろいろな意味を持たせる、それは何も考えずに「とりあえず六畳」というのとは対極の考え方です。

家をつくるときも、つくってからも、ずっとあれこれ考え続ける・・・家についてはどれだけ考えても終わることは無いけれど、そのいつまでも終わらないことが良いのではないかと思います。

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